千秋楽の挨拶廻り


 

祭礼全てが終わり世話方が各町会に挨拶に出向きました。浴衣に草履白足袋姿から草脱ぎ捨てて、足袋裸足で歩きます。提灯と月の明かりが道を照らしていました。
 

還御 


 

 

 
 
式典後には神輿を美和神社(八坂神社)へ還しました。御霊還しともいい、宮入りという祭もあります。しかし祭は今日の夜まで続きます。
 

五日 翁鉾と四丁目鉾が四年ぶりの鉾の曳き違い開催


出発からかつてない観衆が大移動、会場には既に大勢が待ち構えていました。二度のお囃子の競い合いは残念ながら決着つかす引き分けでした。
 

五日の渡御式典


二丁目の御旅所に於いて祭典役員や市長他関係者が集い、厳守に行われました。
今でも本町通りに御旅所が建てられる貴重な祭礼です。一時的な神域となります。
 

 

 

 

 

御旅所から出発した神輿渡御は白丁を先頭に金棒天狗、神官、神輿の百人を越す大行列が続きました。
 

鉾座


鉾座には大幟一対が展示されました。明治8年の四方幕、生人形のオリジナルも併せてご覧頂けます。
 

祇園屋台組み立て完了


屋台には骨障子と襖絵が全て組まれ披露されました。美しい!
 

二丁目屋台の全容が現れました。袖が付き、彫り物も全て組み終わり今夜の神楽が楽しみです。それにしても飛龍が中虹梁に確か13頭もあるのはここだけです。
 

出御


 

 

 

 

 

午後8時、いよいよ出御です。
太鼓を先頭に各町会の金棒 高張提灯、町会役員、世話方行司そしてお神輿。
篝火の中厳かに!そして御旅所に到着して手締め、その後神輿は鎮座しました。
その後御旅所にはお札やファイルを求める人達が行列です。
 

御霊入れ


美和神社に於いて御霊入れの儀式が無事終了しました。神官によって絹垣という白い幕の中でお神輿に魂を入れて文字通り神様になりました。夜の出御を待つだけです。
 

桐生祗園祭クリアファイル完成


昭和9年制作、京都の吉田初三郎画(大正の北斎)両面

ポスター、チラシに続きクリアファイルが完成しました。全く違うデザインにしました。祗園祭を通じて桐生の街にも関心をもってもらうため、あえて83年前の鳥瞰図をデザインしました。かつての桐生の姿を通じて家族に昔の話が提供出来たら嬉しいと思います
 
このクリアファイルは一般販売しておりませんが、3日の出御の夜から二丁目の御旅所(御神輿が鎮座)にお参りしていただきますと、記念に先着500人の方に差し上げます。しかし、無くなり次第終了します。
最新の情報はFaceBookをご覧ください。
 
桐生祇園祭-362年の年の伝統

362年目の桐生祇園祭の話
大久保長安の命を受けた大野八右衛門が桐生の町を創り始めたのが1591年(天正19)のこと。それから12年後には江戸幕府が開かれ、桐生新町には絹市が開始されました。人口も徐々に増え140戸程になった1656年(明暦2)、現在の3丁目市営住宅地にあった母衣輪権現の地に牛頭天王社を祀り天王祭礼が始まったのです。
町が繁栄すると祭礼も華やかになり御神輿も新調され、山車や屋台などの飾り物が登場したのです。江戸後期、安政元年から6町会が競って巨大屋台を建造し、歌舞伎や狂言、義太夫で夜通し楽しむ祭礼となりました。
明治維新の神仏分離令により、神号は素戔嗚尊の八坂神社と改名し、八坂祭典と変更になりました。桐生も長らくこの祭礼名でしたが、平成6年から桐生祇園祭と改め復活への道を歩みつつ今日に至っています。
かつての八坂祭典、七夕まつり、商工祭が統合され、昭和39年には桐生まつりとなり、昭和63年から桐生八木節まつりに変更致しました。
本年の桐生祇園祭は5日の本祭の御神輿渡御を中心とした伝統行事と、三大附け祭の美しい姿をお届け致します。
 
日本最大級の祇園屋台・鉾・大幟
祇園屋台を6町会で6台を所有しています。その巨大さは両袖を広げると間口7,5m、高さ6,6m、奥行6,4mでほぼ一致しています。全面豪華な彫刻で飾られ、舞台には襖絵12枚で華を添え、梁の上に扁額の書。何れも当代一流の作者の作品です。建造年は安政元年から明治、昭和に至る初代、2代目が現存しています。
今年は明治35年制作、高松政吉彫刻、古川竹雲襖絵画、高林五峰扁額書2丁目の屋台のみが披露されます。
は2町会のみ所有している。3丁目の「翁鉾」は高さ7,5m、文久2年に完成しました。桐生では唯一の金塗りの彫刻です。四方幕2層と人形はシンプルで江戸型山車の原型でもあります。
4丁目は熊本出身の生人形師松本喜三郎の作品・スサノオノミコトを乗せた明治8年制作の「四丁目鉾」は、全国有数の9,2mの高さを誇ります。東京他各地から招待され桐生初の観光大使に任命され活躍中です。今年は二基の鉾で曳き違いを披露します。
大幟はかつて6町会12本がありましたが、今は修繕や復元をして3対6本が現存しています。杉の丸太を切り出し天に棚引くのは20m。当代一流の書家により平和や幸福を祈る漢詩で染抜かれたものです。今年は2丁目の頼 支峰書1対2本がそびえ立ちます。